「保護・尊重・救済フレームワークの概要レジメ」菱山氏当日配布資料[PDF 230KB]
「フレームワーク研究会4月21日配布資料」菱山氏当日発表資料[PDF 595KB]
「企業と人権に関する指針 仮訳」菱山氏当日配布資料[PDF 299KB]
「Ruggie Framework Presentation」寺中氏発表資料[PDF 2.33MB]
2011年4月21日(木)に「企業と人権フレームワーク」研究会の第1回公開勉強会を実施した。 「保護、尊重、救済フレームワーク(通称ラギー・フレームワーク)」ならびにそれを具体化するための指針を読み解き、理解することが、本勉強会の目的だ。 企業担当者を中心に35名が参加。 第1部では、企業行動研究センター所長菱山隆二氏、東京経済大学現代法学部客員教授で、社団法人アムネスティ・インターナショナル日本前事務局長・寺中誠氏(研究会メンバー)を迎え、ラギー・フレームワークと指針の概要やその影響について講義を受けた。 第2部では、参加者から質疑応答を受け、特に企業にとってラギーの提言をどのように今後活用することができるのかを議論した。
ラギー・フレームワークは、「人権尊重」を重視する国際的な動きの中にある。
日本国内また日本企業にとっては、ラギー・フレームワークに見られるような企業活動における人権の主流化の動きは唐突に思えるかもしれない。 しかし、これは国際的な人権尊重の流れが強まる中で起きていることを忘れてはいけない。 「人権の主流化」という考え方は、特にコフィ・アナン前国連事務総長が国連のあらゆる主要活動とプログラムに人権の視点を織り込むよう提唱して以来、強化され推進されてきた。 最近の例で言うと、コートジボワールの大統領選後の混乱の中で、国連のPKOが中立の立場を捨てて武力攻撃を行って介入した。 これは、当該国政府が人権保護の責任を負えない、またはその意思がない場合、当該国の主権を超えて、人権尊重を優先すべきだ、という立場を国連安全保障理事会が明確に示した例だ。 このように、、国際社会においては、人権保護をきわめて重要視する考え方が近年主流化してきている。 企業と人権に関する議論も同様の流れの中でとらえる必要がある。
ジョン・ラギーが企業と人権に関する国連事務総長特別代表に任命されたのは、2005年、コフィ・アナン前事務総長の時代である。 以後、ラギーは地域、ステークホルダー別の議論を重ね、2008年5月に「保護、尊重、救済フレームワーク」を発表した。 次いで、本年3月末にそのフレームワークを運用するためのGuiding Principles (指針)を発表した。 この段階で本日の勉強会を開催した次第である。 本指針は2011年6月の国連人権理事会で最終決議される予定だ。
指針の第1稿が2010年11月に発表され、パブリックコメントにかけられたときには、多くの国際人権NGOも反応し、フレームワークの内容からの後退であるという批判が集まった。 これについては、人権尊重を企業活動の一環として実際の運用に移す段階において企業側から強い懸念が示されたのではないかと推測されている。
人権の保護、尊重、救済
ラギー・フレームワークの3本柱「保護」「尊重」「救済」からラギーの指摘する問題意識を読み解いていこう。
「保護」とは、国家が人権を保護する責任があることを指す。 つまり、企業の人権問題においても、国家の介入があることを前提としている。 今までどこの政府も一般的に企業の人権問題に対しては消極的にしか対応してこなかった。 ラギーはそれ自体が問題であると指摘している。 既存の国際法や条約を、企業の人権問題に適用し、使わなければならないという問題意識が強く感じられる。
「尊重」とは、企業が人権を尊重する責任を指している。 今までは多くの場合、人権を守る一義的な責任は国家にあり、企業には二義的な責任がある、という認識がされてきたが、それは無意味だとラギーは言っている。 企業には、人権尊重の責任がある。 それを踏まえれば、人権尊重を企業として扱っていくには、CSRという断片的な対応ではなく、企業全体の経営方針が問われているととらえなければならない。
「救済」とは、人権侵害が起こった際の対応の法的枠組みと、それをどう使うのかという技術的な話となっている。 ここで、企業に求められるのは、大きく分けて訴訟手続きと非訴訟手続きの両方である。 特に、非訴訟手続きに関しては、コンプライアンスとは違い、準司法的な手続きの仕組みを企業側が備えることが求められている。 一企業の社内手続きだけでなく、裁判外紛争処理手続(ADR)の利用などが想定されている。 グローバルに活動を展開する企業であればあるほど、訴訟のリスクは格段に高まると考えられる中で、日本ではまだ設置されていない国内人権機関や各条約機構とも連携し、国際的なネットワークを通しての対応を考えていく必要がある。
ラギーの問題意識には、グローバル化する経済の中で、企業の自主努力だけに頼って人権を守るには限界がある、という考えが強くある。 グローバルコンパクトなどの既存の国際的CSRガイダンス文書は、企業の自主性を重視し、政府の介入を極力排除してきた。 多くの企業が今まで、CSR(企業の社会的責任)として、人権保護を考えていたのではないだろうか。 しかし、ラギー報告書は、国家の義務、企業の責任、救済方法を全体像として示すことで、一企業が今まで行ってきたCSR活動はどこに位置づけられているの か、他の関連する機関(国家や国際機関など)がどのように動くべきなのかを明らかにすることで、国家、国際社会が企業に対して人権尊重の履行を求め介入す る責任を課すと同時に、企業に対し具体的対応策を示している。
人権尊重に対する日本の取り組みの遅れ
ウズベキスタンのコットン産業と児童労働の例、コンゴ民主共和国におけるレアメタル鉱山の例など、企業の人権侵害のケースにおいて、市民社会や輸出先国政府などから企業がその責任を問われるケースは後を絶たず、日本企業にとっても他人事ではないはずだ。 しかし、日本企業はこのような海外で起こった事例に、自らが直接関与していない限り、とても疎いことを懸念している。 人権尊重の責任の一つに、人権侵害への「加担」という考え方がある。 例えば、ウズベキスタンのコットン産業に児童労働が広い範囲で使われていることについて、日本政府や企業が、問題が提起されているのにもかかわらず行動を起こさなかった場合、人権侵害への暗黙の加担とみなされることもある。 日本はそもそも、欧米諸国に比べて人権意識が低いと言われているが、日本企業も視野を広げて、人権と企業の関係を考えていく必要がある。
人権尊重をより重視した企業経営が求められている
国際的な研究機関やアムネスティ・インターナショナルをはじめとする国際人権NGOなどは、ラギー・フレームワークに関する研究を進め、個別具体的なケースへの提言を積極的に行っている。 また、政府レベルで、オーストラリア、カナダ、EU、ノルウェー、スウェーデンなどがツールキットを作成し対応している。 国内人権機関を持つ国々と、そのコーディネーション機関であるICC(International Coordination Committee)は宣言文を発表するなど、世界各国もその運用に乗り出し始めている。 その進捗については、国連文書でも示されている(※)。
各企業においては、ラギー・フレームワークとその指針を活用し、人権尊重を基軸に置いた経営戦略を示すことが求められる。 従業員、サプライヤー、顧客、地域社会といった企業を取り巻くさまざまなステークホルダーの視点から、企業としての人権宣言を作ることもできるだろう。 日本の企業においても、ラギー・フレームワークと人権尊重の主流化に向けた世界的な動きに触発されていってほしい。 ISO26000も完成した今年こそ前進を期待したい。