公共調達を通じた人権の保護・尊重と持続可能な社会づくり
~バリューチェーンにおける責任ある企業行動・労働慣行に向けた提言〜

提言で紹介した国内外の事例

事例 1:英国の現代奴隷法における透明性向上の取組み【海外】

英国「現代奴隷法」は、現代の強制労働や人身取引に関する法的執行力の強化を目的に 2015 年 に制定・施行された法律で、英国で活動し年間売上高が一定規模以上の営利団体・企業(日本企業も対象)に対し、サプライチェーン上も含んで強制労働や人身取引がないことを確実にする対応について、声明の公表を義務付けたものである。

英国政府はこの法律に則して、2020 年 3 月、政府自ら公的部門の調達における現代奴隷のリスク評価について声明を出し、政府が開発した「現代奴隷評価ツール(Modern Slavery Assessment Tool: MSAT)」を利用してリスク軽減を図る取組みを進めていると発表した。さらに2021 年 3 月 には、企業や営利団体による声明のオンライン登録を開始し、企業・事業所の人権に関する取組み状況を確認できる環境を提供している。オンライン登録は義務ではないが政府は強く推奨しており、将来的には義務化する方針とされている。

事例 4:持続可能な調達基準を適用する優先分野を定めているUNOPS【海外】

国連における持続可能な調達を主導する存在とみなされ、国連の平和構築、人道支援、開発分野等の調達に関わるUNOPS(国連プロジェクトサービス機関)では*、 できるだけ多くの調達分野に持続可能性を組込むことが重要であるとしつつも、優先的に持続可能な調達基準を適用する14の分野を特定し取組みを進めている。これらの分野は“Buying for a Better World – A Guide on Sustainable Procurement for the UN System(より良い世界のための購入-国連システムのための持続可能な調達に関するガイド)**”の方法論に従って、以下の要素を考慮して特定されたものである。

a. 環境、社会、経済、および評判の観点からの持続可能性リスク
b. 過去の調達支出及び調達支出計画
c. 持続可能性の観点からの改善の余地
d. 適切な介入により持続可能性にプラスの影響を与える可能性

* UNOPS(2021)Sustainable Procurement Framework
** UNEP(2011)Buying for a Better World: A Guide on Sustainable Procurement for the UN System.

事例 15:和歌山県が一部入札仕様書にメディア・ユニバーサル・デザインの具体的要件を導入【国内】

メディア・ユニバーサル・デザイン(以下、MUD)とは、デザインや文字・色の使い方などの工夫により、高齢者・障害者・色覚障害者などを含む誰もが利用できるよう、いわば人権に配慮されたメディアのデザインである*。MUDは、2016年に施行された障害者差別解消法が求める障害者への「合理的配慮」に該当する情報アクセシビリティを保証するものと捉えることができる。
和歌山県では、2019年より公共調達の案件にMUDの資格保持者を求める仕様書が見られるようになっている。この背景には、MUDの普及・啓発、支援に取組むMUD協会(母体は全日本印刷工業組合連合会)による、県やその外郭団体との継続的な連携関係を踏まえた粘り強い働きかけがあった。2022年には県の全ての印刷案件にユニバーサル・デザインへの配慮が標準記載となったが、その実効性の懸念から、MUD協会がMUD資格要件の標準記載を求め、実効性あるMUDの普及、ひいては「誰一人取り残さない」人権への配慮を目指している**。

*メディア・ユニバーサル・デザイン協会ウェブサイト。
**伝えるためのユニバーサルデザインフェア(2023)「MUDの可能性~公共調達の視点から~」白子欽也氏(全日本印刷工業組合連合会 CSR推進委員会委員)資料。

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提言に掲載したコラム

コラム 4:地方自治体における持続可能な公共調達

地方自治体の中には、公共調達に地域視点の持続可能性要件を組込んでいる自治体も少なくない。持続可能な地域づくりに資する要件を、地域が掲げる政策との一貫性の下に公共調達に組込むことで、政策効果の増大が見込めるからである。地域経済循環の促進や、地域貢献の奨励など、公共調達を活用する政策の意図を明確にすることによって地域社会の理解も得られると思われる。

公契約条例を策定し、公共調達を実施する際の地域の理念や方針を掲げたり、千葉県野田市のように、労働者の権利の保障を目指して公共調達受託事業で働く労働者の賃金額を最低賃金より高く定めている自治体もある。(事例22参照)

<公契約の現状>
現在(2024年1月1日時点)、全国で86の自治体において公契約条例が制定されており、(内、賃金補償型は30自治体)近年その動きは広がってきている*。公契約条例では、公共調達の意義として以下の項目を掲げ、公共調達を地域住民の福祉を向上させる手段と位置付けている。

●公契約に関わる労働者の労働環境の向上
●地域における雇用の促進
●公共サービスの質の向上
●地域住民の暮らしやすさの向上
●地域経済の活性化
●環境保全、男女共同参画、障害者雇用等の社会的価値の向上

<公契約条例制定の効果検証について>
公契約制定自治体の多くは公共調達に関わる労働者や事業者にアンケート調査を実施し、その実感値による効果検証を行っている。複数の調査をまとめた報告では、労働者の大半が、 公契約条例は労働意欲の向上に効果があるとする一方で、公共サービスの質向上や地域経済活性化への影響については、今後に期待するとの回答が多くなっていた**。この公共サービスの質向上や地域経済活性化に対する公契約の影響については、中長期的な評価が必要なことから***、政策根拠の重点を効果に関する評価に置きすぎず、地域の理解と合意の下で政策を推進していくことも重要という指摘もある。

<SPPを梃子とする地域経済の活性化や地域福祉の推進>
地域経済の疲弊が叫ばれて久しい。地域コミュニティの弱体化も地域の深刻な課題である。公共調達案件の地域事業者への発注は古くから政策的に行われてきたが、地方自治体の中には、公共調達に地域の課題解決に資する要件を組入れることで、地域経済の活性化や地域福祉の推進を図り、地域の持続可能性の向上を目指しているところも多い。
例えば、地域内経済循環における乗数効果を高めるために、受注企業に地域産の原材料の使用を求めたり、地域コミュニティの醸成を目的に、地域に根付いた市民活動団体に業務委託を行ったりという事例は全国に見ることができる。一方で、そのような取組みが経済性の原則の下で難しくなってきている地域もある****。
地域経済の衰退は、医療・福祉サービスの縮小や教育・文化の機会の減少などを招くとともに地域コミュニティの衰退につながり、地域コミュニティの衰退はさらなる地域経済の悪化を招く構造となっている。地域コミュニティの衰退により、従来コミュニティの共助の中で緩和されてきた孤独・孤立や貧困など人権に関わる様々な問題も加速されるものと考えられる。
全国の地方自治体で、地域経済・コミュニティの衰退を食い止め、地域の持続可能性向上を目指す地域視点の持続可能性要件を組込んだSPPが推進されていくには、政府における公共調達の位置付けやVFMの捉え方が明確に示される必要がある。政府には、自治体や地域との対話を踏まえ、地域の持続可能性に資する公共調達の方向性を示していくことを期待したい。

* 全国建設労働組合総連合ウェブサイト。
** CSOネットワーク(2022)「Why公契約条例?公共調達のサステナビリティを考える」。
*** 多摩市「令和4年度 多摩市公契約条例対象事業の実施状況に係るアンケート 集計結果」参照。
**** 原田晃樹(2023)日本社会関係学会第3回研究大会E3公募パネル「人権を尊重し労働者を保護する持続可能な公共調達を考える〜国際的潮流と国内外の事例を踏まえて〜」報告資料「公共調達の現状と課題」。

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