エグゼクティブサマリー

本論は、公共調達への「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」)」及び持続可能な社会に向けた施策の組入れについて提言するものである。2020年に日本政府が策定・公表した「『ビジネスと人権』に関する行動計画(以下、NAP)」の中で、「人権を保護する国家の義務に関する取組み」の一つとして、「公共調達における「ビジネスと人権」関連の調達ルールの徹底」が掲げられていることにも対応する。

持続可能な社会の実現には、社会、経済、環境の統合的な発展・保護が必要とされるが、近年世界では、公共調達を持続可能な社会を目指す政策実現の手段として位置付けた「持続可能な公共調達」(Sustainable Public Procurement:SPP、以下、SPP)を推進する動きが広がっている。SPPは、地球全体の持続可能性を高める社会的、経済的、環境的配慮を公共調達に戦略的に組入れたものであり、その社会的・経済的配慮には、女性や子ども、マイノリティや障害者などの人権の尊重のほか、児童労働、強制労働の撤廃その他労働者の権利の尊重が含まれる。*1

本提言は、このSPPの取組みの中で、国際社会が一丸となって対応することが求められているバリューチェーン上の労働・人権問題に焦点を当てる。2023年に日本を議長国として開催されたG7広島サミットの首脳コミュニケにおいても、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を促進する持続可能なサプライチェーンへのコミットメントが謳われるとともに、グローバル・サプライチェーンにおける人権侵害への一致団結した協力が宣言された。日本もG7のメンバー国として、その推進に向けたリーダーシップを発揮することが世界から期待されている。

本提言は、グローバル・バリューチェーンを含む調達における人権侵害を是正・救済し、包摂的な社会経済の進展を促進するために、日本政府自らが、人権保護義務を果たす手段として責任ある調達の実施を求めている。日本政府が責任ある調達を行うことによって、民間に責任ある企業行動を促し、市場における公正な競争環境を創出し、誰一人取り残さない包摂的な社会経済の発展に寄与することを目指すものである。

日本におけるSPPの導入については、グリーン購入、障害者雇用の促進、女性活躍支援等、従来個別政策として組入れられてきたものの中に、持続可能性向上に資する取組みを見ることができる。それらは「付帯的政策」と呼ばれ、近年増加する傾向にある。また、「新・担い手3法(品確法と建設業法・入契法を一体的改正)*2」による公共工事現場の働き方改革の推進は、社会基盤を支える労働者の労働条件や労働環境を、公共調達を通じて改善しようとする取組みであり、人権及び労働者の権利の保護・尊重に繋がる動きと捉えることができる。このような文脈において、本提言が提起する公共調達への「指導原則」及び持続可能な社会に向けた施策の組入れは、これまでの取組みをさらに発展させることを企図するものである。

*1. OECD(2020) Integrating Responsible Business Conduct in Public Procurement: P.15, P.17, P.21.
*2. 国土交通省ウェブサイト「新・担い手3法(品確法と建設業法・入契法の一体的改正)について」。

提言1:一貫した政策に基づく持続可能な公共調達(SPP)の推進

SPPは、責任ある企業行動の推進を通じて、社会・経済・環境の発展に積極的に貢献するとともに、人々や社会・地球に対する「負」の影響への対応を促進することによって、持続可能な社会を実現するための政策手段となり得る。SPPを効果的に実施するためには、持続可能な社会づくりの政府方針の中心にSPPを位置付けて、政策の一貫性および政策間の整合性を図りSPPを戦略的に進めていくことが重要となる。社会的・経済的影響力の大きい公共調達を政策実現の梃子として積極的に活用し、持続可能な社会づくりを官民協働で前進させていく必要がある。

提言2:企業行動が人権や社会的経済的発展にもたらす「正」「負」の影響を考慮した「人権尊重調達枠組」の策定

SPPを通した責任ある企業行動によって、人権や社会経済的発展への「負」の影響を是正し、「正」の影響を創出・拡大するためには、「調達計画」「入札参加資格及び落札者選定基準の設定」「契約遵守事項の設定」及び「契約管理」のフェーズから構成される「人権尊重調達枠組」に、「国際的に認められた人権」と経済社会発展への「正」「負」の影響の考慮を組込み、責任ある企業行動を促すことが必要である。また「人権尊重調達枠組」とその実施は、国民・市民すべての人々に大きな影響を及ぼすことから、影響を受ける権利保持者、人権や労働の専門家、国際機関の知見の活用など多様なステークホルダーの声を反映する仕組みの導入が求められる。

提言3:政府による「救済(苦情処理)メカニズム」の提供

「人権尊重調達枠組」に沿って公共調達が実施されたとしても、調達全般を通して権利保持者の権利が守られるとは限らない。企業のグリーバンス(苦情処理)メカニズムだけでは、権利保持者が確実に救済されるには十分ではなく、国家は自らの人権保護義務として、公共調達における救済(苦情処理)メカニズムを整備する必要がある。政府による公共調達を対象とした「救済(苦情処理)メカニズム」の提供が求められる。

具体的には、相談・苦情、さらに救済までの一貫した対応を行う相談・苦情処理の仕組みを、既存の組織や機関(法務省、公正取引委員会、厚生労働省、地方自治体等)を連携・充実させる形で整備することを提言する。その運用においてはステークホルダーとの連携によって実効性を高めることが重要である。

提言4:SPP推進のための能力開発と体制整備、国民の権利意識の醸成

SPPを確実に実行し、その政策効果を高めるために、公共調達に関わる職員の能力向上、相談・苦情処理に関わる人材の育成、人権リスク特定のための情報集約とウェブサイト構築等を提言する。また「国際的に認められた人権」が尊重され確実に保護・救済されるための土壌となる自らの権利への認識や行使への理解について、政労使含め公共調達に関わる全ての人々に向けて広く情報提供や啓発、教育を行っていくことも重要である。

活動内容

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