地域の力フォーラムでは、2015年3月14日、甲南大学マネジメント創造学部教授の真崎克彦氏をお招きし、ブータンの地域の力についての講演会を開催した。真崎氏は、2006年より、ブータンのGNH(国民総幸福)について農村地域の状況も踏まえた調査研究を行っている。ブータンがGNHを国是としているため、ブータン国民は皆「幸せ」に暮らしているというイメージを持たれやすいが、実際は他の国々同様多くの社会問題があり、ブータン政府による最新調査(2010年度)によれば「幸せ」とみなしうる国民の割合は40%前後という。農村の人々の「幸せ」度(37%)は都市のそれ(50%)に比べて低い。ブータンの農村地域の現状と課題について、人々の生活領域と国家の活動領域の二つの観点からお話をいただいた。
GNH(Gross National Happiness: 国民総幸福)
GNHはGNP (国民総生産)に対抗する概念であり、「幸せ」を最終目標とした開発・発展を目指している。GNHには、持続可能で公正な社会経済の発展、文化の保護・振興、自然環境の保全、良い統治の4本の柱があり、その柱に則して9つの領域が設定されている。そして、それらの領域内に細かく設けられた33の指標をもとに国勢調査を行いGNHの量的測定を試みている。9つの領域の充足ラインを6つ超えた場合に「幸せ」と評価できる仕組みだ。政策の評価も、このGNHに則したスクリーニングツールによって行っており、地域における政策評価もこれに基づいている。2008年にWTO(世界貿易機関)加入の是非が議論された際にも、このツールを利用してWTOへの加入を見送った。
ブータンの農村地域の現状 ~ 人々と国家の観点から
ブータンは、MDGs(ミレニアム開発目標)における優等生である。2007年から2012年の間に、貧困率を23%から12%と半減させることに成功しており、その他所得や寿命などにおいても目標は達成されつつある。しかし、政府は、教育や雇用など課題はまだまだ多いとの認識を持っており、特に、交通アクセスの良くない地方などでは問題は深刻である。具体的には、開発のための資金の不足、教育や雇用機会の不足、若年人口の減少(都市への流出)等が問題となっている。真崎氏は、シンカルという幹線道路から外れた34世帯が住む小さな村を毎年訪れ住民との交流を持っており、その村を例に、人々の生活と国家の活動の二つの側面から地域の現状についてお話をされた。
ブータンの地方には、互酬に基づいた「人間の生活領域」が息づいている。そこでは、人々の結びつきの強さや村の一体感を特徴としており、地域の問題は地域内で解決するという伝統がある。しかし、近年の若年人口の減少により、互酬的な地域の暮らしも少しずつ難しくなりつつあるという。
一方で、近年、地域は「国家の活動領域」としての側面を持つようになってきており、新たな課題が出現している。ブータン政府は、交付金を分配するなど地方を含めた公共事業を推進するようになり、シンカルやその近隣地域では、政府主導の有機農業のプロジェクト等が実施されたが、市場へのアクセスが良くないこともあり、まだ成果を挙げるには至っていない。村の生活環境の改善は進んできたが、同時に、村人の間に地域が国家の活動領域であるという概念を芽生えさせるきっかけとなり、村人は、政府の予算を頼りにする局面が増えてきた。
地域の課題
真崎氏は、地域の様々な課題の解決に向けて、政府交付金をはじめとした国家の政策に依存するのではなく、住民の力で生活の維持やその発展を図ることが大切なのではないかと言う。そして、その一つの方向性として、村の協同組合と外のグループとのアソシエーションの可能性を挙げられた。これは、村に思いを寄せる村外の人々が、村の生活環境の改善に結びつく活動を組織として支えるということである。村をより住みやすい場所にする具体的な手立てとして、実際に事業も実施され、いくつかの計画も浮上しているという。今後のさらなる進展が待たれるところである。
人口70万人のブータンの中のひとつの小さな村の事例に、日本の地域と共通する様々な問題を見ることができた。国境を越えて相通ずる課題として「人間の生活領域」と、「国家(行政)の活動領域」との間のバランスが提示された。それぞれの地域が自らの力で「幸せ」をつくっていくことが大切であると同時に、行政との連携も必要であり、地域の支援においてはその両方に目を向けていくことが重要になってくると思われる。