山形県の南部に位置する置賜地域。この地域にある3市5町を一つの「自給圏」ととらえ、圏内にある豊富な地域資源を基礎に産業や雇用を生み出し、地域経済の好循環を目指す「一般社団法人 置賜自給圏推進機構」が2014年8月設立された。2015年2月、まだ雪深いこの置賜地域を訪ね、機構の共同代表である渡部務さんにお話をうかがった。同地域で志を同じく活動する「しらたかノラの会企業組合」にもおじゃまし、手作りのごちそうをいただきながらお話をうかがった。
米沢藩に伝わる「自給の精神」と「地場産業の育成」を旗印に、長年それぞれの地域で取り組んできた地域活性化策を広域で共有、連携していこうという画期的な試みが始まっている。
置賜自給圏推進機構
豊かな資源と自主・自立の伝統 置賜地域
最上川の上流に位置し四方を山に囲まれた置賜盆地は、豊かな水と農地に恵まれた稲作と果樹栽培の盛んな地域である。四季を通じて、日本の原風景ともいえる美しい田園風景が広がっており、域内飯豊町の田園散居村には「第1回美しい日本のむら景観コンテスト」(農林水産省主催)の最高賞も贈られている。
自給圏に含まれる市町村は、米沢市、長井市、南陽市の3市および高畠町、川西町、小国町、白鷹町、飯豊町の5町であり、総面積約2498平方キロメートルは、東京都区の5倍弱、山形県全体の四分の一強をも占める。幕藩体制の米沢藩の版図と重なり、藩主上杉鷹山公以来の自主・自立の精神の伝統が残る地方でもある。人口は約22万人。
「循環型」の発想を引き継いで
これまで置賜地域では地域活性化の様々な取り組みがなされてきた。分別して集めた生ゴミからたい肥をつくる長井市の「レインボープラン」もその一つである。事業の発案者の菅野芳秀さんは、飼育しているニワトリが土や泥水を口にしているのを見て、生物にはその土地に含まれる微生物等が必要なのではないかと考えた。そこから、生ゴミによるたい肥、たい肥による豊かな土壌づくり、豊かな土壌による安全安心な農作物、農作物を使った料理から出る生ゴミへと連なる、循環型の「レインボープラン」が誕生した。現在では市街地5000世帯全員が参加するまでになり、国内外から多くの視察者が訪れる市の誇りとなっている。
この「レインボープラン」の核となっている「循環型」のイメージが、置賜自給圏の発想に引き継がれている。菅野さんは、グローバリズムを背景とする農産物の輸入自由化拡大に対して、「本来の農や食や環境、人と人とのつながりを作り出していくこと」の必要性を訴えた。「全国にモザイク的に地域自給圏を形成しよう」との提言が、自給圏推進機構設立のきっかけとなった。
置賜盆地には、この他にも、「有機農業の里」として全国的に有名な高畠町、「循環型エネルギーの町」を目指し、再生可能エネルギーの地産地消に取り組んでいる飯豊町等がある。高畠町の有機農業運動を長らく牽引し、自給圏構想の呼びかけ人でもある農民詩人の星寛治さんは、「自給圏の発想には、人と土とは切り離せないという中国仏教でいう『身土不二』の教えがある」と言う。
地域循環型社会を目指して
機構は目指すべき「地域循環型社会」の柱として、(1)地産地消に基づく地域自給と圏内流通の推進 (2)自然と共生する安全安心の農と食の構築 (3)教育現場での実践(4)医療費削減の世界モデル の4つを掲げ、活動推進のために8つの部会を設け、事業ごとにボランティアを募り、議論とともに実態調査や研究活動を進めている。例えば、再生可能エネルギー部会では、小水力発電や温泉熱の利用可能性についての検討を始めており、また県内流通(地産地消)部会では、米油や雪室(雪の中に野菜や果物を埋めておくことで甘さを引き出す仕組み)について、山形大学等とも連携し議論しているという。
現在会員は、団体会員も含め約250名。置賜各地で、地産地消、有機農業等循環型地域づくりに取り組む企業、行政、大学、組合、NPO等、そして自給圏の考えに賛同する個人が集まった。全国にも類を見ない壮大な自給圏への取り組みが、業種の垣根を越えた連携によって進められている。地域の活動には、理屈ではなく実績を示すことが求められるという渡部さんによれば、部会の活動は、誇りと使命感をもったメンバーによって楽しみながら進められており、現在の助走期間を踏まえて、来年度から本格的な活動に入る予定とのことであった。地域住民の議論の中から生まれた様々な事業が有機的に連関することで、運動が広がり、まさにこれからの社会が目指すべき持続可能な地域がつくられていくことが期待される。
しらたかノラの会 企業組合
様々なメンバーが有機農業で生きるために
白鷹町は置賜盆地のすそ野に位置し、東部を白鷹丘陵、西部を朝日山系に囲まれた山間地の町である。町のほぼ中央を流れる最上川沿いには豊かな田園地帯が広がり、米作を中心にこれまで養蚕、酪農、葉タバコ、りんごなどの生産が行われてきた。
「しらたかノラの会企業組合」は、この白鷹町で、年齢や経歴のまったく異なる11人がそれぞれ違うきっかけで有機農業に向かい、農業で生きられる拠点を求めて立ち上げた農産加工グループである。無農薬、省農薬の農産物を原料に、添加物や化学調味料を使わずに、この土地で昔から作られてきた漬物や餅、オリジナルの惣菜や菓子など様々な加工品を作って販売している。会が販売、加工を行っている「めぐり屋」にてお話を伺った。
誕生から現在
設立時代表の大内文雄さんは、新規就農センターで白鷹を知り、町を見下ろす朝日連峰の重厚な姿に惹かれて移住を決めたという。大内さんによれば、「しらたかノラの会」は、2006年に疋田美津子さんがつくった女性グループ「ノラの会」を再編する形で設立された。それまでの有機野菜の栽培と販売中心の活動から、栽培した農産物を加工・販売する活動へと大きな転換を伴う設立であった。農業で生きていくために考え出されたという、栽培から加工・販売に至るモデルは、現在農山漁村の活性化戦略として盛んに言われ推進されている六次産業化の先駆けとも言えるだろう。
当初32品目から始まった加工品は現在では60品目を超え、注文販売の会員数も約300人へと増加、年商は約2,000万円に達している。2007年からは生協との提携も開始し、計画生産も取り入れつつほぼ全ての加工を自分たちで行っている。
ユニークかつ伝統的な組織運営
会は2011年11月に企業組合として法人化しているが、その背景にはメンバーが平等でありたいというポリシーがある。代表者個人に大きな負担がかかるのを避け、個々の意見を尊重する組織を目指した。メンバーは、地元出身者とIターン者、男女、年齢がバランス良く混ざる構成で、2年毎に代表を替える仕組みをとっている。世帯単位ではなく個人が、責任を分担し平等な活動を目指す組織運営は、ユニークである一方、議論を重ねながら協同作業を進めていく姿には伝統的な農村社会の在り様も感じられた。
「台所の延長」としての農産加工
ノラの会の加工作業はメンバーの女性たちが日頃の愚痴を言い合いながら手仕事を行う「台所の延長」であるという。この作業形態に対して、長らく町の有機農業を支え続けてきたメンバーの加藤美恵さんは、「最低賃金でも幸せ。」と話してくださり、経済的な豊かさと農村生活の幸福度について深く考えさせられた。「台所の延長」としての手仕事は、効率を求めることなく、機械化を避けて、この地に伝わる伝統的な保存食等を、大変な思いをしながらも多品目生産・販売しており、農家の食卓に伝わる文化の伝承にも貢献している。
しかし、このような無農薬・減農薬の農産加工品は地元の直売所ではあまり売れず、利用者は、安全安心な農産加工品の価値を評価する都市住民が大多数を占める。地産地消の実現や、文化の伝承としての農産加工の地域への広がりは、農業への向き合い方や日本の農業の在り方とも関わる難しい問題であり、会にとっても今後の大きな課題であろう。
最近では、会の生産した農産物を使った料理教室を開催したり、安全安心な食に関する講演会を催したりして、地域の中の意識を高め理解や協力を広げる活動にも地道に取り組んでいる。今後は、町の行政とも関わり、学校給食や病院食等への提供についても可能性を探ってみたいとのこと。しかし、メンバーの増員については、入会の際に30万円の出資が条件となることもあってか、今のところ積極的に規模の拡大は考えておらず、現在の体制の中で、農産加工以外の地域に根差した幅広い活動を目指しているようにも感じられた。
広がる地域活動
昨年夏、豪雨による土砂崩れの被害があり、荒廃した森林の整備が防災の面から再認識された。メンバーの菅原庄市さんが関わる「しらたか森づくりの会」では、山の恵みを貴重な資源として活用していた農村の伝統を踏まえ、放置された人工林の境界線画定や間伐・整備等、森林の価値見直しにつながる活動をおこなっている。また、団体会員として「NPO法人しらたか地域再生ネットワーク」に参画し、町庁舎の建て替え等に関して積極的な提言活動を行うなど、地域の視点からの活動も展開している。上記「置賜自給圏推進機構」にも団体正会員として入会し、今後は町内のみならず広域地域を舞台に再生エネルギーの活用等に関する連携が進むことも期待される。