代表理事の古谷です。今回は、『性加害事件における広告主とテレビ局の対応における人権尊重と経営倫理』をテーマに取り上げます。
多くの広告主やテレビ局が性加害事件を起こした企業に対して、取引停止を行う流れが止まらない。最近になって、広告主やテレビ局がJ事務所に人権尊重の取組を促す企業も増えつつあるが、それも他社の取組に追随しているかのようにも見える。まるで社会のトレンドに取り残されないように、掌返しをしているとの皮肉も聞かれるようになっている。
問題はいくつかある。
第一に、取引停止の根拠に問題はないのか
現在、企業の人権尊重の取組に参照される原則やガイドラインでは、自社の人権方針に違反した取引先に対して、即取引停止を要求しているわけではない。まず取引先に人権方針の遵守を促すことを求めている。したがって、問題ある取引先との取引停止をすることは、自社の人権尊重の取組として適切とは限らない。
なお、後述の参考資料にある「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」では、「人権への負の影響が生じている又は生じ得る場合、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきである。したがって、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべきである。」とされている。
それはなぜか。必要なのはビジネスにおける人権侵害をなくし、被害者を救済することであり、取引の停止で問題は解決されないからである。
また、そもそも自社が人権方針を持って人権尊重の取組をしていたのか疑わしい企業もあり、横並びで取引停止をしているとしたら、そもそも自社が人権尊重の取組みをしていないのに他社に要求することになる。企業の経営倫理が問われることになるのではないだろうか。
第二に、広告主やテレビ局は性加害事件に責任はないのか
J事務所の性加害事件については、噂だけではなく出版物や裁判などによって関係企業の間では広く知られていたとも言われている。そうすると、広告主やテレビ局は今回の事件に対して、どのような立場となるのだろうか。
後述の参考資料にある「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために」では、人権における企業の責任について、「引き起こす」、「助長する」、「取引でつながっている」という三つの基本的な可能性を示す。これらの企業が直接性加害を「引き起こす」ことはなかったとしても、「助長する」や「取引でつながっている」関係にあり、この性加害事件について責任があることになる。したがって、広告主もテレビ局は自社のこれまでの人権尊重の取組みを検証し、是正していく必要がある。しかし、現実はどうであろうか。噂を知っていてJ事務所のタレントを広告に使用していなかった企業や自社の人権尊重の取組を適切に実施した上で問題改善を申し出ている企業もあるが、単にこれまでの取組の反省や今後の見直しのメッセージで済ましている企業も少なくない。
このような企業の姿勢は、広告主やテレビ局において、現在存在するかもしれない人権侵害リスクへの対応がなされないことになってしまう懸念がある。自らの人権尊重責任の取組み見直しを望みたい。
第三に、不祥事企業への不買運動等消費者の行動が期待できないことのむずかしさ
通常の不祥事であれば、消費者は当該企業の商品・サービスへの不買運動を起こして企業への影響力を行使できる。しかし、今回の事件にはそれが不可能であることが問題を一層困難にしている。しかも消費者、特にJ事務所のタレントのファンである消費者は責任のないタレントに影響を及ぼすことは期待していないし、応援もしているという関係にある。
なお、J事務所の人権侵害に直接関わっていないタレントについての広告主やテレビ局の対応によってはこれらタレントへの人権侵害の懸念もあるのではないのか。
今後、企業が適切に人権尊重責任を果たしていく社会にするために、わたしたちはどう行動すべきなのか、十分議論をしていく必要がある
なお、以下に企業の人権尊重責任に関わる参考情報を記載する。
参考情報
- ビジネスにおける人権侵害、そして人権尊重の要請は長い歴史と苦難の道があるが、2011 年には、拡大する企業の活動における人権侵害についての国際的な議論がより活発になる中で、「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために」が国連人権理事会において全会一致で支持された。
- 日本政府は、国連指導原則を踏まえ、2020 年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定・公表し、2022年には、国際スタンダードを踏まえた企業による人権尊重の取組をさらに促進すべく、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定・公表するに至った。